社会人の読書感想文

読んだり聞いたりした本の感想などを自由にかいてます。

おいしいごはんが食べられますように

「おいしいごはんが食べられますように」 高瀬 隼子

 

芥川賞受賞作品とのことで手に取った。

職場の出来事を書いた日常小説なのに、すごく心を動かされる。

私は二谷の心情がよくわかる。そして押尾さんのムカつきもわかる。

 

弱いもの、弱く見せられるものが勝つ。この構図がとても現代的。

弱くて「支えられなくてはいけない」とされる人が、「頑張っている」人からすると怠慢でずるく感じる。

私も押尾さんのそういう理不尽さは感じたことがある。ただし、弱いものには優しくすべしという無言の倫理観が、そこに圧をかける。

しかも最低限の規定の範囲内であることも、なおさら不平を言えない状況を生み出している。

この「頑張らなくてはいけない」「できる人が支えなくてはいけない」という暗黙のルールがこの社会には確実にあり、他に迷惑をかけてはいけないと感じる真面目な人ほど、それを過敏に感じ取り、そのように行動してしまうんだと思う。

 

最近、自分もそういったことを思いつつも、本当に頑張っても手を借りないと行けない人か、そうでないかは、結局の所他人にはわからないと思うに至ったんだけど。

 

またそれに対してのどこかみんなの当たり前に冷めた感情も、自分の無意識に働きかけるところだと思った。

 

二谷の食べる行動に対しても、これは完全に個人の感覚の問題だけど実感としてわかる。

食べる行為が人間に必要ということは生物学的に当たり前だけど、そこへの追求が果てしなさすぎてついていけない。

「美味しい」という感覚は幸福をもたらしてくれる。

それば事実であるが一方でちゃんと食べなければいけない、という丁寧な暮らし的な考えも一種の無言の圧力だ。

極論を言うと危険なものかを判断できるすべや、必要栄養素を摂取できるすべがあれば、味覚をそこまで満足させる必要があるのか、、、

 

いえ、好きなものとか食べたいものとかちゃんとあるんですけどね。

二谷の気持ちわかるんです。

これも意外と他者と共有しづらい(意見として言い出しにくい)圧を感じる。。。

 

当たり前に欲していると思い込まれること、常識とされることに対し、アンチテーゼを訴えることの難しさ、口に出すことすらできない空気。

この感覚が小説内でうまく表現されていて良かった。

 

余談だけど、フジさんの「みんな誰もが自分の働き方が正しいと思っている」という言葉が私にもとても腑に落ちた。

それぞれのキャパや感性はその人の中では確実な真なんだよね。外部から見るともっとできるじゃんと思うけど、限界がそこまでしかないということ、または限界までやる意味がわからないということなんだよね・・・

その考えに至るまで、私はかなり時間を要したけども。

 

狭い会社内の出来事で話は進むけど、このどこでも共通する価値観、倫理観の「違い」が表現されていて良い作品だなと思った。

短い中にグッとつまっていて、問いかけてくる。芥川賞の受賞作ってこんな感じの作品が多いのだろうか?

だとするとすごい好きな感じなので、他の受賞作も読んでみようかな・・・とか思いました。笑